北海道勤労者医療協会
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「子供食べさせる」と仕事へ。抗がん剤治療を断念
 札幌市内のAさん(50 代女性)は2007年12月に亡くなりました。
 肺がんが脳に転移していましたが、治療費が払えないために、抗がん剤の治療をためらったのです。
 「お金さえあれば母はもっと長生きできたかもしれません…」。娘さんは母の遺体を前に声を詰まらせました。

親子3人が食べるので精一杯の生活

  Aさんが、がんと診断されたのは2007年の10月でした。精密検査の結果を聞きに病院に行くと、医師が重たい口を開きました。「余命3カ月」。
 覚悟はしていても、涙がボロボロ溢れ出てきました。Aさんは娘さん、障がいを抱えた息子さんとの三人暮らし。収入は、清掃のパートや息子さんの障害年金で月15万円ほど。息子さんの毎月の受診にも数万円かかり、家賃や水光熱費の支払いも困難な状況で、「家族3人食べるので精一杯」の生活でした。
 健康保険の保険料の滞納もあり「短期保険証」が発行されていました。11月、主治医が女性に何度も抗がん剤治療をすすめても、「お金がかかるから」と拒むAさん。「生活が苦しくて、これ以上の治療費負担はできません…」、医師は言葉を失いました。
 困惑した主治医から「勤医協の無料低額診療制度を使って、“Aさんを治療に結び付けてほしい”」と、札幌病院相談室に連絡が入りました。

相談室の中で…

 「がんと告知された時の衝撃は言葉では言い表せません…」とAさん。告知後、毎日寝る前に「明日の朝は目が覚めるだろうか」と考えました。A さんは起きては泣きました。「自分が死んだあと残される子どもの孤独を思うのが一番つらい…」と。
 「正直、何で私がこんな病気に、と思わないわけではありません。でも、泣き叫んで治るくらいならいくらでも叫ぶけど、現実はそうじやない…」。「私の人生の残り時間は、もうカウントダウンに入っています。これが私の寿命…」、Aさんは声をしぼり出しました。

病気になっても患者になれない

  娘さんが「病院へ行こうよ」と声をかけても、首を横に振るAさん。「生活費の足しにするため、動けなくなるまで仕事に行く」とAさんは娘さんに言いました。数日後、痛みをこらえきれなくなり、かかりつけ病院へ向かったAさんは、玄関をくぐったところで意識を失いました。治療代を払う余裕はもうありませんでした。
 次の日、Aさんは札幌病院に運ばれてきました。 Aさんの一番の「不安」だった治療費については、勤医協の「無料・低額診療制度」活用と生活保護の手続きで、医療費の心配なく入院治療を受けることができる体制が整いました。
 しかしその数日後に、 Aさんは息を引きとったのです。

手遅れになる前に病院に来てほしい

 いま、病気になっても「患者になれない」命の格差が広がっています。この間の医療制度改悪で、医療費負担増に耐え切れない人が、出費を抑えるために受診を控えるケースが増えています。亡くなったAさんは半年ほど前から体調不良に気づいていましたが、「お金がないから」と治療を受けていませんでした。
 がん告知を受けながら、治療も受けられず、命を削って働き続けなければならない世の中とは一体何なのか−
 「せめてもっと早く病院に来ていたら」と、悔やまれるケースでした。

まずはご相談を

 北海道勤医協は、困窮のため医療費の支払いが困難な方に対し、医療費の減額または免除を行う制度を実施しています。何よりも大切なのは、必要な治療を行うことです。命を切りつめるような無理を続けずに、まずは病院に来てほしい、そして相談してほしいと思います。また、地域の中やお知り合いの方で困っている方がいた場合、この「無料・低額診療」のことをぜひお知らせください。